くすぶりOL日記

いつの間にか母になった30代OLが仕事や子育て、ファッション、アラサー友達の生態などを気ままに綴ります

三浦春馬くんの訃報から、改めて「僕のいた時間」を観てみた話

(ネタばれありですので、ご了承ください)

春馬くんの死をニュースで知ったときは、本当に大きな衝撃を受け、まさかと思った。

私は春馬くんのファンと名乗るのにはおこがましく、これまでいくつか彼の出演したドラマなどを観ていた程度だったのだが、彼の美しい容姿、高い演技力に魅了された一人であったことは間違いない。ドラマに映画に歌手活動にと大活躍中だった彼がなぜ亡くなってしまったのか…ただでさえ、コロナのニュースで欝々とした気分だったこともあり、何日もの間、彼が自殺したというニュースが私に重くのしかかった。

しばらくしてふと、6年前に観た、春馬くん主演の「僕のいた時間」というドラマを観たくなった。難病ものの重い内容のドラマだった、という記憶が強かったのだが、春馬くんが命を、そして生きることを扱ったこのドラマを今、改めて観たくなったのだ。

このドラマは春馬くん演じる、普通の大学生だった澤田拓人の就職活動中から20代半ばまでを描いている。社会人1年目でALSを発症した拓人は、できることが病気によって徐々に奪われていく。その中で恋人や家族、友人との関わりや、仕事、生きがい、日々の目標を見つめ直し、彼自身はもちろん、彼の影響を受けた周囲の人々も少しずつ変化していく。

内容の重さに春馬くんが自殺したという現実も重なって7話あたりで挫折しそうになったが、何度も涙しながら最終回までたどり着くことができた。実にいろいろと考えさせられるドラマで、少し文章化して整理したくなったので、つらつらとまとまりのない文章になあるが、お付き合い願いたい。

 

・拓人の「仕事人生」を見て考えさせられること

このドラマはもしかしたら純愛もの、と分類されてしまうのかもしれないが、拓人の就職活動から退職までを描いていて、彼の仕事人生を描いたお仕事物語、という側面もある。ドラマならではの過剰演出もあるが、40社、50社と採用試験を受けて落ちまくるのがふつうだった、リーマンショック後の厳しい就職状況が色濃く表れており、就活を苦に自殺する者まで出る。ここまで若者に精神的負担をかけ、夢を奪っていくこの社会は何なんだろう、と憤りを覚え、自分の就活を思い出して胸が痛くなった。拓人の最後のほうの面接のシーンでは、彼に感情移入してしまって自然と涙が出た。

ドラマでは正規・非正規問題も浮き彫りになる。新入社員の拓人の指導に当たる先輩は非正規雇用だ。先輩ははじめ、拓人にかなりつらく当たっている。非正規雇用のベテランが、何も分からない正社員に仕事を教えなければならないという皮肉。先輩のイラつきも分からないではない。

そんな先輩に対して怒るでもなく、めげることもなく、必死に食らいついて仕事を覚えようとし、休日も自社の商品のカタログを見たり、本屋でインテリア雑誌を買って勉強する拓人の姿がまぶしい。社会人歴10年を迎えすっかりくたびれ社員になりつつある私に、彼はフレッシュな新人だったころの気持ちを思い出させてくれ、頑張ろう、という気持ちにさせられた。

そして、病気を発症してからの拓人の頑張りと、それに応えて病状に応じた仕事を拓人に与え続ける会社の温かさには、たびたび涙した。店頭に立てなくなったらバックヤードに、それも難しくなったらお客様にお手紙を書く仕事に、それも難しくなったらPCで広告制作を行う仕事に…と会社は絶え間なく彼に居場所を与えてくれる。そして、一人でトイレに行くのも難しくなった拓人が退職を願い出るシーンで、最初は拓人に冷たかった例の非正規雇用の先輩が口添えをして、在宅勤務とという選択肢を与えてくれるシーンは特に泣けた。

ダイバーシティといえばいいのか、様々な立場・状況の人が活躍でき、社会とつながる場があるということの大切さ、そして働くことの尊さを教えてくれるドラマだった。

 

・恵について

多部未華子ちゃん演じるドラマのヒロイン、恵は優しくて芯の強い女性だ。婚約を破棄してでも病気の拓人のもとに戻り、懸命に介護する姿を見て、6年前は恵がいい子すぎてかわいそう、という風に思ってしまったのだが、私自身も既婚者となった今、斎藤工演じる繁之との結婚を破棄した恵の気持ちはとてもよく分かる気がした。好きだった元カレが、実は病気のせいで彼女に迷惑をかけまいとして別れを告げていた、と分かっても、そのまま別の人と結婚できるだろうか。いやできない。(でも私だったら最後まで拓人の介護をする決心もつかない気がする…そこが芯の強い恵とダメダメな私の違いである)

 

・恵の「貧困問題」

ドラマの後半では全く話題に挙がらなくなってしまうが、この恵の貧困問題が序盤では気になった。母子家庭で育った恵は経済的にゆとりがなく、600万の奨学金という名の借金を背負って就活に臨み、内定が得られずフリーターになる。当然奨学金は返しきれるわけがない。その後も介護の非正規雇用を経て、正規雇用となるが、高収入だとは思えず、奨学金の返済は終わらないままになっているのではないか。さらに拓人の介護も発生し、いつまでも恵が貧困問題から抜け出せなくなっているのでは…と気になったが、拓人の実家がお金持ちだから何とかなったと想像したい。(夢のないお金の話ですみません)

 

・春馬くんと拓人

このドラマは命を扱った作品に取り組みたいという本人の企画により実現したと聞く。それもあって拓人が春馬くんそのものと被って見えることがある。第一話で自殺した同級生の葬式に参列した拓人が「死ぬの怖くなかったのかな…」とつぶやくなど、自殺を髣髴とさせられてドキッとするシーンが何度かある。春馬くんも生前ノートに役作りのことなどを書き残していたというが、拓人も自分の思いやその日起こったこと、目標などを一生懸命ノートに書き綴っている。そして、生きるのが怖い、とつぶやく…。

 

泣き、叫び、体の不自由な姿を演じるその春馬くんの演技力に圧倒され、病状の進行にハラハラさせられ、そして春馬くんの美しさにみとれた全11話だった。

改めて、こんな素敵な俳優さんがいなくなってしまったことを悲しく思う。

私のブログらしからぬ、まじめで暗い投稿になってしまったけれど、色々な感情が沸き起こってきて、長々と書き連ねてしまった。

ドラマの中で拓人が常にノートに自分の目標を書いているのが良かった。がたがたの字になっても最後まで生きる目標を見失わなかった拓人。私も目標を見つけてみようかな。

 

欲しいものはすべて「よそゆき」のもの

さて、嬉しくもないが、このコロナ禍の中で誕生日を迎えた。そろそろアラサーですらなくなってきたが、そんなことはさておき、夫が何か誕生日プレゼントを買ってくれるという。欲しいものを言え、というのでわくわくしながら考えてみたところ…なんてこった、今、何も欲しいものはないと気づいた。

普段、物欲にまみれている私には欲しいものがたくさんあったはずだ。ポール&ジョーの新作のファンデーション(油田顔の私にも合うか試してみたかった)。アディクションのアイシャドウ(色のバリエーションが多すぎて何を買ったらいいのか混乱している)。プロポーションボディドレッシングのワンピース(そろそろ丈の短いものを用意してほしい)。たまたまネットで見かけた、サマンサシルヴァのかわいい指輪(サマンサ、私は年齢オーバー感があるけれど、指輪ならまだいけるかも)。

ところが今、改めて何が欲しいのかを考えてみたところ、特に欲しいものは何もないことに気づいた。あえて言うならば休息が欲しいがそれはこの状況では手に入らない。仕事はテレワークとなり、外に出ることがないのでコスメは必要ない。たまに外出しても顔の半分はマスクで覆い隠しているし、テレビ会議ではそこまではっきり顔が映らないから、最低限眉毛をしっかり描いて目周りをはっきりさせておけば幽霊と間違えられないですむ。洋服も指輪も、買ったって身につけていくところがない。つまり、私がこれまで欲しかったものは、すべてよそゆき用のもの。外に出て、他者に見られるからこそ必要なものだったのだ。

私以外の消費者にとってもこの無欲傾向が同様にあるらしい。新聞を見ると、資生堂の売上が激減しているらしいし、私のもとに日々届く各社からのメルマガを見ていても、「今週もやります全品10%OFF]「初売りでもないのに福袋!」「1本買ったらもう1本無料」「毎週毎週タイムセール!」と今までに見たことのないセール・キャンペーン祭りで、アパレル、化粧品業界の苦しい状況がよく分かる。私がメルマガ登録しているのはどれも大好きなブランドばかりだから、何とか耐えしのいでいただきたい。そんな思いを込めて、最近は着るあてのない服や超お買い得な美容液などをネットで見ては、ポチっと購入ボタンを押して、無駄遣いをしている。

 

え、結局誕生日プレゼントはどうしたかって?いろいろ考えた結果、LUSHの商品詰め合わせをいただきました。入浴剤、フェイスマスク、マッサージバー、ソープなどをいろいろ購入して、ささやかながら楽しいおこもり美容タイムを過ごしています。

コロナで保育園休園中、仕事と育児の二重生活の記録

やっとやっとゴールデンウイークだ。ゴールデンウイークといってもどこにも行けない。帰省すらできない。でも、仕事をしなくていい。それだけで十分だ。

 

緊急事態宣言が出されてから3週間以上経つ。保育園は休園となり、2歳児がいる我が家では仕事をしながらの自宅保育を余儀なくされている。幸い夫も私も在宅ワークに切り替わったので、交互に勤務しながら子どもの面倒を見る日々が続いている。1日のタイムスケジュールは次の通りだ。

まず、ZOOMミーティングの時間などを考慮して、早勤務と遅勤務に分かれる。

早勤務の人は6時過ぎに起床し、7時から勤務開始。12時に昼食を兼ねた昼休憩をとり、13時から勤務再開。その後、15時過ぎに子どもが昼寝から目覚めるまで勤務して、子どもが起きたら、以降は保育担当に切り替わる。18時半までに夕食の準備をし、その後夕食の片づけ、入浴、寝かしつけまでを一人で担う。

遅勤務の人は7時過ぎに起床。その後お昼過ぎまで保育担当だ。有り余る時間と2歳児の体力に耐えかねて、たいてい公園に繰り出す。11時半には帰宅し、昼食の準備。12時に早勤務の者とともに昼食をとり、13時に子どもを寝かしつけ、子どもが寝てから勤務開始となる。18時半に夕食を兼ねた休憩をとり、19時半に勤務再開。勤務終了時間は業務の状況次第だが、だいたい21時頃になる。

こうして書いてみると、机上の空論ではまあ成り立つのだが、実践してみるとその疲労度は尋常ではない。この3週間、心理面と疲労度は刻々と変化してきた。

1週目。初日から疲れ果て、木曜あたりから疲労により息苦しさや不整脈を感じ、これからこんな日々が続くのかと絶望的な気持ちになる。

2週目。先週ほどの疲れはなくなる。慣れてきたんだ、私って適応能力が高いんだな、わはは!と少しハイになる。(疲れで頭がおかしくなっていたのかも)

3週目。疲れがどっと増してくる。夫も疲れ果てて喧嘩になり、やがて喧嘩をする気力もなくなる。体が鉛のように重く、強い倦怠感を覚える。

特に遅勤務の日、子どもと遊んで疲れ果ててから午後、勤務を開始するときの精神的負担は相当大きく、毎日、もうだめだ、休職したい、と思いながら仕事を始める羽目になる。

 

悪いことばかりではない。普段、平日は朝晩と保育園の送り迎えでしか子どもと接することができないが、自宅保育をするようになったおかげで子どもと過ごす時間は格段に増えた。しかし、体力と精神力が持たない。今後、ゴールデンウイーク後もこんな日々が続くのかと思うと、くらくらする。

 

ところで、外出自粛と言われても、みんな近所には行ってよいと認識しているのか、公園へ行くとたくさんの人がいて、びっくりするくらいのんびりとした平和な時間が流れており、コロナの騒ぎがまるで嘘であるかのようだ。

どこの公園にもママ友集団とその子どもが群れており、感染リスクを高めている。その点、我が家はママ友なんておらず、孤独に親子でポツンと遊んでいるから安心である。

日曜日に近所の大きな公園に行ってみたら、親子が大勢いるのはもちろん、ここは皇居かと思うくらい公園の周りをぐるぐると走っているランナーが大勢いるわ、なぜか三味線を弾いている人はいるわ、ヴァイオリンを持っている人はいるわ、カオス状態であった。

分かる、他に過ごせる場所がないんだ。我が家もそうだよ。家に閉じ込めておくと子どもは暴れまくって椅子から転げ落ちてたんこぶを作ったり、おもちゃを投げつけたりして大変なんだ。でも、「外出自粛」とはこれいかに…!

 

さて、脈絡のない日々の記録となってしまったが、いよいよゴールデンウイーク。少しでもいいから休息が欲しい。

なぜこんなに長い?今年のスカート丈

某ファッション雑誌で今秋のお洋服をチェックしてみたが、欲しい服が全然なかった。だいたい、今年はスカート丈が長すぎる。丈さえもう少し短ければ買いたいな、と思える服がたくさんあるのだが。

 

最近は、どのアパレルのお店をのぞいても、びっくりするくらい丈の長い服ばかりが並んでいる。並んでいるワンピースは9割型リゾートファッションを思わせるマキシ丈。これは異常事態である。こうなると数年前に買った膝丈のスカートですら、なんだか短すぎる気がして、履きづらくなってしまう。ギャルさえロング丈を着ているこの世の中で、年が若いならまだしも、30過ぎの女が20代の子より丈の短いスカートを履くのはなかなか勇気がいる。

数年前からミモレ丈などが流行りだして、年々スカート丈が長くなっていっているような気がして、なんだか嫌な予感はしていたのだ。

自慢ではないが、私は背が低い。身長は150cmジャストである。ミモレ丈以上の長さのスカートを履くと、体全体に占めるスカートの割合が大きくなってしまい、バランスが悪い。モデルさんが着て足首の近くまであるような丈の服は、私が着ると引きずってしまう。子持ちの身では動きやすさも重要になってくるため、引きずりそうなほど長いスカートは子育てにも不向きだ。

 

そして、さらに悪いことに、ボトムスの丈が長い分、上半身はコンパクトなのが流行りだ。トップスはタイトなシルエットで、たいていノンスリーブである。これは非常によろしくない。産後、私の二の腕はたくましくなり、下っ腹はぽっこりタポタポである。とてもタイトなノンスリーブニットでお見せできる代物ではない。唯一産後も変わっていない(と思い込んでいる)のが脚の太さなので、私としては上半身はゆるりとした服で隠しつつ、足を出していきたい。流行と全く逆行している。

ロング丈を着るためにせめてヒールで足の長さを稼ごうかと思うが、ここ数年のカジュアル傾向でペタンコ靴が流行っている。こうなるともう、我らチビ族はもう一巻の終わりである。

 

しかし、これだけ丈が長ければ、まさに日々聞いているアナウンスのごとく、“エスカレーターにお召し物が引き込まれ”て死傷者が多発しているのではないかと案じてしまうが、今のところ周囲で死傷した人を聞かない。ただ、駅の階段などで、スカートやワンピースの裾で雑巾がけをしている女性ならしばしば見かける。そして、今にもスカートを踏んづけそうで、やはり危ない。もしかして日本はいつの間にか女性の脚の露出を禁じることになってしまったのか?この反動で来年あたりミニスカブームでも来ないかな、と遠い目をしながら待ちわびるのみだ。

肋骨にヒビ、これすなわち共働き子育ての限界

4月から仕事復帰して、早2ヶ月。共働き子育てを経験してみての感想を率直に述べると、大変すぎる!何この無理ゲー!である。 何が大変なのか。3大共働き子育て地獄をまとめると、「体調不良」、「朝の準備」、「時間のなさ」。この3つである。

 

まずなによりも、体調不良。子どもは保育園に入るとよく体調を崩すと聞いてはいたが、なるほど、ここ2か月は10日おきに発熱している。毎回のように40℃近い熱が出、数日はそれが続く。さらに熱がない時も鼻水と咳が延々と出続ける。

そして、恐ろしいことに息子のその風邪がかなりの頻度で親にうつる。これがまた、いちいちタチが悪い。39℃の高熱が出たり、38℃台の熱が1週間近く続いたりと、大人になってから経験したことのないような重い風邪なのだ。 こんな重い風邪があってたまるか、これはインフルエンザに違いない、インフルエンザと言ってくれ、と毎回病院であの嫌なインフルエンザの検査を受けるが、なんてことはない、ただの風邪で、毎回鼻にこよりを突っ込まれ損である。 挙句の果てに私は6月の下旬から咳が2週間以上止まらず、夜も咳き込んで眠れない。やがて肋骨に痛みが走るようになり、深呼吸すらできなくなった。病院に行くと喘息の一歩手前、肋骨にヒビが入っていると言われて、肋骨を押さえながら日々を過ごし、今日にいたる。 夫もしょっちゅう体調を崩しているので、家の中が薬のオンパレード。かさむかさむ、医療費がかさむ。もともとは年に1回風邪をひくか否か程度の健康体だった私。今の状況は相当無理をしていると言わざるを得ない。

 

さて、第二の地獄は朝の準備。毎日5時45分に起き、1時間で食事をし、身支度を整え、7時前に息子を起こし、朝食を与え、連絡帳の記入、検温、おむつ(一枚一枚に名前を書かないといけない!もちろん週末にまつめて書く)、着替え、その他もろもろの準備をして、家を出るのは8時ちょっと前。子どもをベビーカーに乗せ、荷物を抱えて保育園に着くと8時10分。持ち物のセッティングをしてやっと子どもを預け、片道20分かけて駅に着いたと思ったら、待ち受けるのは乗客であふれんばかりの満員電車である。満員電車に揺られてへろへろになること1時間、会社にやっと到着だ。この頃にはもう、1日のエネルギーの80%を使い果たしている。 雨の日は特に地獄である。我が家は雨の日には抱っこ紐を使うことにしているが、前に10㎏の息子、背中に私と保育園の荷物、さらに傘を差し、体はボロボロである。月曜日の朝はこれにシーツやブレンケットが持ち物として加わる。自転車の導入を検討しているが、自転車組にはびしょびしょの刑が待っているので、迂闊に挑戦できない。

 

そして最後。とにかく時間がない。朝の時間のなさは前述の通りだが、夜も時間がない。16時半に会社を出、大急ぎで保育園へお迎えに行き、家に帰るともう18時過ぎ。すぐに息子の夕食にし、お風呂に入ると19時半過ぎ。そこから自分の食事の準備をし、食べ終えると20時半。速攻で息子を寝かしつけ、やれやれと思ったらもう21時。明日の5時半起きに備えて、そろそろ寝る準備をしないといけない。

 

こんな生活を誰が望んでいるだろうか。そしてこなせるだろうか。ことごとく否!だ。こんな生活を送りながら仕事をこなせるのは体力お化けだけではないかと思ってしまう。

仕事は休みまくりで中途半端、職場には迷惑をかけまくり、体はぼろぼろ、休日も体調不良と家事で何もできない。これが共働き家族の現状だ。

以前まで、「やっぱり息子くんには兄弟がほしいよね、二人目も考えよう」と言っていた夫が、最近は「二人目...?え、一人いればもう十分じゃない?」と遠い目をするようになった。なるほど、こうして少子化は進んでいくのだなと実感する日々である。

メルカリで服が売れない

さて、前回ブログに書いた通り、クローゼットの中の洋服を処分しよう、引っ越しついでに不用品も処分しようとして育休中にはまった新たな趣味、それはメルカリであった。

はじめは半信半疑ではじめたものの、やってみると意外なものが売れるので驚いた。

たとえば、ひびが入り、少々カビの生えた、安物のテレビ台。一人暮らしのときに愛用していたのだが、5年使用してお払い箱となった。こちら、5000円也。

たとえば、使いかけのファンデーション。といっても私がデパコスなど買うわけがなく、定価1500円程度のお品物。半分くらい使って忘れ去られ、いつ買ったかわからなくなって自分で使うには不安な商品。こちら、500円也。

たとえば、結婚式でウェルカムボードにしたブラックボード。家に置くには大きすぎる上に、100円ショップで買った造花をグルーガンでべたべた張り付けてしまって、使いようのない粗大ごみ風。こちら、2000円也。

こうして羅列してみるといかにもゴミっぽいものばかりだが、我が家にはゴミしかないので出品物もおのずとゴミのオンパレードになるのだ。

毎回クレームが来るのではないかとおびえながらそれらを発送したが、クレームどころか、「かわいいです」「気に入りました」などと感謝のメッセージが送られてくるのだから、たまげたものだ。ゴミを売って感謝されるなんて…とすっかりはまってしまい、夫婦であれもこれも出品する羽目になったのである。

そのうち、メルカリの評判を聞きつけた母から祖母の遺品処分まで依頼され、私は日々ゴミの出品と発送に精を出した。

え?肝心の服はどうなったかって?

どういうわけか、なかなか売れないんですわ、これが。なんでだろう。裾がほつれていたり、ボタンが一つ紛失していたり、毛玉ができていたり、しみがついていたりするだけなのに、なぜか売れない。たまにコメントがついたと思ったら、破り捨てるのに使いたいので購入してもよいかという恐ろしい問い合わせだった。あ、やっぱり私の出品物はゴミだと思われているのね。はい、保存状態が悪すぎるね。

ということで洋服は単品で売るのをあきらめ、まとめ売りにトライ。13点、コート付きで売り出してみたところ、育休のおわりにタイミングよく3800円で売れた。13点を引っ越し屋の段ボールに詰めたら、それこそゴミにしか見えなかったが、これを買ってくれる人がいるなんてありがたいことである。

さて、すっかりメルカリ中毒になってしまい、家の中にある出品できそうなものを血眼になって探し、そのうち夫まで出品してしまいかねないので、ここいらで休止を。今後子どものものが増えるだろうから、また何か売るものがたまったら再開してみるのもいいかもしれない。とりあえず、来週からは仕事に復帰するので、心を改めて働こう。

30代子持ち、ついにガーリー服を手放す決意をする

先日、なんとなく「ヒルナンデス!」を見ていたら、クローゼットの中を整理する特集をやっていた。洋服のコーディネーター兼収納術だかなんだかのよく分からないプロが、依頼主のクローセットの中をチェックし、いらない服といる服に勝手に分けて整理し、さらに残った服でコーディネートを考えてくれるという、クローゼットがパンパンで頭もパンパンの人には興味深い特集だ。

依頼主が0歳の子どもを持つ30代前半の女性で、ガーリー系の服が多いため年相応の服装を考えたい、というまるで私の生き写しのような人だったため、じっと見入ってしまった。さて、クローゼットの中を拝見してみれば、出てくる出てくる、花柄、フリル、膝上丈、スカート、ワンピースのモテ服パラダイス。30代でこれはないでしょ、と苦笑されながら、これはもう似合わない、これは着たらイタイ、とガーリー服がばさばさと切り捨てられていく。

はじめは自分のクローゼットのことも忘れて、30代でこの服はイタイわーなどと批評しながら見ていたが、次第に番組の趣旨も忘れて腹が立ってきた。服なんて本人が良いと思うものを着ればよいのだ。これはダメ、あれはダメとなぜ他人に批判されなければいけないのだ。本人が好きならば30代だってリンゴ柄の膝上丈ワンピースを着ればいい。

勝手に憤慨しながらテレビを消し、そうは言うものの、ふと我に返って自分のクローゼットを確認してみたくなった。クローゼットを全開にし、改めてしげしげと眺めてみた。

まず、第一印象として感じたのは、思っていたより服が汚くてぼろいということだ。20代前半から5年、10年と着倒した服は、シミ、毛玉、ほつれのオンパレード。日ごろのお手入れを怠っていたのがよく分かる。今までこんな汚い服を着ていたのか…と愕然とした。

次にやたらとリボンが目立つ。ワンピース、ニット、スカートに至るまであちこちリボンがお目見えしている。色はピンクを筆頭にパステルカラー系が多い。

これはまずい、なんとかせねば…。

そしてはっとした。育休中でそもそも外行きの服を着る機会が激減している今こそ、チャンスなのではないか。育休中にクローゼットを整理して、年相応の、知的でエレガントな服を新たに導入して、さっそうと職場に復帰するのだ。そうすれば、「くすぶりOLさんって頭だけでなく洋服もお花畑だったけれど、さすが、母親になって現実が見えたのね!」と職場で高評価を得られること間違いなしだ。

とはいうものの、貧乏性である私。大好きな服たちを簡単に捨てることができない。そこで思いついたのが、今をときめくメルカリの活用だ。不要な服は売ってしまおう。金になるし、捨てずにすむし、一石二鳥だ!―こうして私はメルカリ中毒への道を進むことになるのであった―。次回、「メルカリで服が売れない」。お楽しみにね♡