くすぶりOL日記

アラサーOLが仕事やファッション、アラサー友達の生態などを気ままに綴ります

中学時代の猛暑のろくでもない思い出

出産後、久しぶりにブログを更新する、書きたいことはいろいろあるが、いかんせん時間がない。それにしても今年の暑さは異常である。猛暑を伝えるニュースを家で眺めながら、今が育休の期間で良かったなと思う。

ふと窓の外を眺めれば、我が家の目の前にある高校のグラウンドで連日、日中に野球部やサッカー部が猛暑の中練習に励んでいる。やめろお、死ぬぞう、と叫びたくなるが、近所迷惑なのでやめておく。彼らはきちんと熱中症対策をしているのだろうか。

猛暑というと、今から15年以上前、私が中学生だった頃のろくでもない思い出がよみがえる。その頃、小学校から高校まで、学校という学校にはクーラーなんて当たり前のようになく、休み時間になると水飲み場に長蛇の列ができた。今ほど暑くなかったとはいえ、夏休み前は授業中、汗がだらだらと流れ、汗っかきな私はテスト用紙が自分の手汗でふやけてしまい、文字が書けずに焦ったこともあった。扇風機は飾り程度についており、熱風をかきまわしているのかどうかすらわからない。水泳の授業で涼めるのが唯一の慰めだった。

私の通っていた中学では、7月に球技大会があり、その時だけ水筒を持参することが許されていた。さすがに運動中の水分補給は、水飲み場だけでは追い付かないと判断したのだろう。水筒には水かお茶のみを入れてよいと決められていた。ところがある時、誰かが規則を破ってジュースを持ってきたことが先生にばれた。先生はたいそう怒り、バツとして次の球技大会の際には学年全員が水筒持参禁止を命じられたのだ!のどの渇きに耐えながら行った球技大会がいかにしんどいものだったかは語るまでもない。

今思うと、学校文化においてばかばかしい規則などがたくさんあったが、中でもこの水筒禁止令は意味不明である。一人が規則を破ったからと言って、なぜ関係のない者も含む全員が連帯責任を負わないといけなかったのか、いまだに訳が分からない。脱水症状を起こしたら命にかかわることだから、ばかばかしいどころの騒ぎではない。そもそも7月に球技大会をやるべきではないし、水筒は行事にかかわらず常時持参OKとすべきだろう。

さて、それから15年余りがたったが、ニュースなどを見ていると、いまだにクーラーが導入されていない学校があり、水筒持参を禁じている学校もあるようだ。もう本当にあきれてしまう。AIがどうこう言っているこのご時世に、学校だけが文明から取り残されているかのようである。

クーラーを設置しないことに何もメリットはない。勉強ははかどらないし、体調は悪くなるし、下手したら死ぬ。この春に生まれた息子が小学生になるころには学校がもっと快適な場所になっていることを望むばかりだ。

育休いつまで取るの?問題ー保育園と、昇格と

さて、またしばらくブログの更新を滞らせているうちに、いよいよ臨月となり、陣痛へのカウントダウンが始まってしまった。そこで出産前に、育休の取得期間について思うことを書きたい。

 

産前産後休業が終わったら、いよいよ育休に入るが、その取得期間をどうするかは悩ましい問題である。私の勤務先の場合、基本的に子どもが1歳になってはじめての4月まで取得できるのだが、じゃあそこまで取ればよいではないかというと、そういうわけにもいかないのだ。

 

まず、いわゆる待機児童の問題があり、私の住んでいる東京23区内では、0歳のうちに保育園に預けないと保育園に入れなくなる、というのが常識になっている。一番入園しやすいのが0歳4月入園だというので、多くの親はそこを狙って保活をする。昨年出産した友人たちに訪ねてみると、昨年6月に出産した友人も10月に出産した友人もそろって4月から子どもを保育園に預け、職場復帰するとのことだった。さらに、保育園に入れるか心配なので、生後4か月で保育園に預け、職場復帰した先輩もいた。つまり、「子どもが1歳になってはじめての4月まで」育休をとっている人は私の身の回りにはいない。保育園に確実に入れるためには会社の制度より早く復帰せざるを得ないのが現実である。

 

次に、昇格、キャリアの問題がある。以前、育休を1年以上取るとその後の昇格に影響が出る企業が多い、との情報が日経新聞載っていた。また、本来は子どもが2歳になるまで、など長く育休を取得できる制度が会社に調っていても、仕事で後れを取らぬよう、なるべく早く、産後数か月で職場に復帰するよう促している会社もあるようだ。

人生100年時代、下手をすると70歳、80歳まで働くようになるかもしれないと言われているこの時代に、たかが1年や2年職場から離れただけでその後の会社人生に大きな影響が出るのだろうか。あまりに短期的にものを見すぎていやしないかと批判したくなるが、私の勤務先とて例外とはいえない。私の勤務先では、30代前半で昇格選考の対象となり、実際に30代前半~半ばで昇格していく社員が多い。この時期はちょうど結婚、出産の時期と被っており、30代前半で出産し、育休、時短勤務を経験するとどうも昇格が遅れる傾向にあるように感じる。また、自分の業務内容を考えると、変化の著しいIT業界関連の仕事をしているため、1年も職場を離れてしまうと浦島太郎状態になって、仕事についていくのに苦労しそうな予感がしている。これらの事情からも、会社の制度とは関係なく、早めに職場復帰をする者は多いようだ。

 

しかし、せっかく会社の制度が調っているのに、上記のような理由から本来まだ保育園に入れる必要のない子まで早くから保育園に入るようになってしまい、余計保育園に入りにくくなっている、という現状はこれでよいのか?と考えてしまう。

私としては、せめて1年は家でじっくりと我が子の成長を見守りたいと思うところであるが…なんとも悩ましい問題である。

マタニティマークについて考える

さて、しばらくブログの更新が滞っていたが、ネタ切れに苦しんでいた訳ではない。実は夏に妊娠が発覚し、引越しの準備やつわりで大わらわだったのである。
安定期に入り、無事落ち着いてきたので、妊婦らしいテーマで久々の更新を試みたい。

ということで、マタニティマークについてである。お馴染み「お腹に赤ちゃんがいます」と書かれたあのキーホルダーを、私も区から受け取った。
これをつけたからといって、東京の人間は冷たいから席なんて譲ってもらえないだろうと思っていたが、案の定ほとんど譲ってもらえない。マタニティマークを付けて毎日片道1時間の通勤を繰り返し早2ヶ月強。席を譲られたのはたったの3回である。どうせそんなことだろうよ。

今は安定期に入ったが、つわりの時期、特に朝は気持ちが悪く、1時間立ちっぱなしなのはそれなりにしんどかった。さらに、座れないのはまだ良いとして、電車が混んでいて手すりや吊革にもつかまることができず、自力でバランスをとらなければならないのは、なかなかしんどい。これからどんどんお腹が大きくなるが、どこまで耐えられるか、超スパルタのバランス感覚テストを毎日受けているようなものである。今、私がこなしている業務の中で、「通勤」が一番のハードタスクであることは間違いない。せめてどこかにつかまらせてくれ。

そもそも朝は電車が混みすぎているのではないか。私の使っている沿線は、各駅以外はドアが閉まらないレベルで混んでおり、毎日駅員さんが乗客をぎゅうぎゅう押してやっとドアが閉まるレベルだ。私の乗っている各駅停車も、マタニティマークが見えないレベルに混んでいる。妊娠が発覚してから通勤時間を後ろにずらしたのに、だ。小池都知事の時差ビズはどこに行ったのだろう。希望の党のことはいいからまずは目の前のこの満員電車をなんとかしていただきたい。

そんな不満を抱えながら通勤していたある日、twitterで驚くべき投稿を見かけた。マタニティマークが幸せ自慢に見える。不妊治療を受けている人が見たら気の毒だし、あんなマークを考案した人の気が知れないというのである。マタニティマークが自慢とな!私はたまげた。
たとえば、「私は年収1000万超えです」とか「こう見えて東大法学部卒です」などと言ったらいかにも自慢だが、「私は妊娠中で体調が悪いので、できれば席を譲ってください」という意思表示、これが自慢に聞こえるだろうか。何とも信じがたい。

しかし、一年に生まれる子どもの数が100万人を切っているこの日本では、それだけ妊婦が貴重な存在になってきているということなのかもしれない。
そんなことを思いながら実家に帰ったら、母からはマタニティマークは危険だから外したほうがいいと言われた。それを付けていると妊婦だということがひと目でわかり、悪意ある人からお腹を蹴られるなどの被害に遭いやすい、というのだ。

マタニティマークをつけても、どうせ席を譲ってもらえないし、時には自慢だと言われるし、挙げ句の果てには妊婦だと思って悪意ある人に狙われるのであればやっていられない。そこで最近はマタニティマークを付けるのをやめてしまった。
マタニティマーク一つとってもなかなか悩ましい今日この頃である。

未知なるゆるふわ三十路との出会い

私はもともと友人が多いタイプでは決してないため、ふだん付き合う女友達もたいへん偏っている。
私がふだん付き合っている友人は、職業の違いこそあれ、フルタイムで働く総合職の正社員ばかりだ。友人達と話していると、みな仕事がハードで、それなりに苦労して20代を乗り越えてきている。仕事が一番大変だった時期に会社で血を吐いて救急車で運ばれたり、ストレス性の胃腸炎で苦しんだりと、何かしらの病も経験している。ちなみに私はストレス性のじんましんで5年も苦しんだ経験がある。

そんな中、学生時代のクラスメイトが、私の勤務先に短期アルバイトをしにやってくる、という偶然の出来事があった。
以前よりふっくらとした彼女は結婚後、専業主婦をしており、家事にも慣れたので短期アルバイトをすることにしたのだと言う。Facebookで友達申請が来たので、友達になってみたが、いやはや私の知らない優雅なゆるふわライフが展開されていた。趣味の音楽と着物を楽しみ、この時期は気候がよければ、ふらりと浴衣を着てお出かけ。しばしばホームパーティを開き、ご自慢のペットである猫はなんともかわいらしい。吐血胃腸炎じんましんライフとは明らかに次元の違う暮らしがそこにあった。
また、結婚式で別の旧友2名にも会う機会があったのだが、彼女達もまた、我々とは全く違う暮らしぶりであった。
1人はやはり既婚者で、結婚後仕事を辞め、今は週に数回受付のパートをしているという。ネイルの資格をとり、知人にネイルを施したり、アクセサリーを作り、ネットで販売しているのだそうだ。
ゆるふわライフをしているのは既婚者のみとは限らない。もう1人の旧友は、独身で実家暮らし。週3回パートをし、ヨガとピアノと歌と英会話のレッスンに通っているのだという。仲良しの両親とたまに飲みに行くのが楽しみなのだとか。2人とも吐血胃腸炎じんましんライフとはやはり無縁なのである。

普段接している友人だけを見ていると、苦労して働くのがふつうだと思ってしまいがちだが、周囲にこれだけゆるふわな生活をしている人がいるのに驚かされた。


政府は女性活躍社会を訴えるが、彼女達と自分達を比べると、何が本当の幸せか?と考えてしまう。
もちろん、彼女達の暮らしは、両親や夫の稼ぎに支えられているので、そこにリスクもあるのだろうが、幸福度を考えると、ゆるふわな人たちのほうが何となく幸せそうに見えるのは、ないものねだりだろうか。

どんどん馬鹿になっていく症候群

最近、同世代でおしゃべりしていると、男女を問わず、「最近、どんどん馬鹿になってきている気がする!」と己の馬鹿化を危惧する発言を耳にすることが多い。そして、私自身も、自分がどんどん馬鹿になってきているような気がする。
馬鹿になってきている、とはつまり下記のような現象を指す。

*大学を卒業して10年近くが経ち、学生の頃学んだことをどんどん忘れていっているのを実感している
*文章を読む機会が減り、特に難解な堅い文章が読めなくなった、ついでにちゃんとした文章が書けなくなった
*もともとない教養がますますなくなっている気がする
*漢字が書けなくなった

これらはすべて私も実感していることである。
学校で身につけたこれらの知識、能力のうち、仕事で使うものは限られているため、意識的に鍛えるようにしないと、どんどん衰えていくのだろう。
しかし、我々は勉強の出来具合で賢さを測りがちだが、社会人を10年近くやっていれば、きっと勉強以外の能力が上がっているはずだ...うーん、なんだろう。仕事をしているふりをする能力とか...テキトーに話を合わせる能力とか...作り笑顔を作る能力とか...あぁ、だんだん絶望的な気持ちになってきた。やはり馬鹿化は進んでいるのかもしれない。

女性は容姿の老化ばかりを気にするが、このままだと脳も劣化してしまうような気がしてきた。そんな話を先日、友人にしたら、友人は将来認知症になったらどうしようと不安なので、今から認知症対策をしたい、という。それはさすがに早すぎないか?
まぁ、怯えていても仕方ないので、私は今年の下半期にやることとして、次のような目標を掲げてみた。

*英会話力を高めるため、オンライン英会話のレッスンを受け、日常会話ができるようにする
*仕事で役立ちそうな資格を一つ取得する
*プログラミングの勉強をする
*なるべく多くの本を読む

これなら脳も活性化し、仕事に役立つ知識がつき、馬鹿化にも歯止めがかかるに違いない。しかし、心配事がまるで中高年のようだ。

そして、ダイエットと同じで挫折しないと良いのだが。

食にこだわりすぎる女たち

 

以前、趣味の音楽仲間の女性達5人で、練習後、ランチに行こうということになった。しかし、飲食店が少ないエリアだった上、5人で入れるお店がなかなか見つからず、さんざんうろうろした末、やっと一軒のパスタ屋さんにたどり着いた。やれやれ...と思い、入店しようとしたら、仲間の1人が、このお店では食べるものがない、と言い出した。「私、グルテンフリーダイエットをしているから、パスタは食べられないの」えー、またお店を探さないといけないの?これにはげんなりしてしまった。


同じような経験は他にもある。女友達と旅行に行った時のこと。1日観光をして、夕食も終え、さて、宿に戻ろうと思ったら、友人が「豆乳を買いに行きたい」と言い出した。毎朝豆乳を飲むことを習慣づけているというのだ。近くのコンビニに行ったら豆乳があったので、それを買うのかと思いきや、それではない、と言い張る。決まったメーカーの商品でないといけないと言う。しかし、いくつかコンビニを回ってもその商品が見つからない。歩き回ってクタクタである。ついに諦めるかと思ったら、彼女は「スーパーでないと売っていないのかも」と今度はタクシーの運転手にスーパーの場所をヒアリングし始めた。これまたげんなり、である。


この二件のように被害を被っていないが、飲食店絡みでのびっくり体験は他にもある。
先日会社の女性の先輩とランチに行ったら、お冷やとドリンクに氷が入っていた。私は気にせずごくごくと飲んでいたが、彼女は店員を呼び止め、氷を全て排除するようお願いしていて、驚いた。氷は体を冷やすので、一切食べないようにしているという。
また、部署の歓送迎会では、別の先輩が特定の食べ物を全て残したり、取り分ける際に「私はいらない」と主張するのでよほど偏食なのかと思ったら、炭水化物を一切とらないようにしているとのことだった。

このように、私の身の回りには、食事にこだわりすぎている30代女性であふれている。彼女達に共通しているのは、頑ななまでに自分のスタイルを変えない点である。みんなに悪いから今日はパスタを食べようかな、とか、旅行中くらいは豆乳を我慢しよう、といった発想はなく、パスタ、氷、炭水化物ダメ絶対!、豆乳なくして我が人生なし!とばかりに貫いている。それに巻き込まれる者はたまったものではない。
ただ、彼女らにはもう一つ共通点がある。みんなとてもスマートだということだ。裏を返せば、ここまで徹底しないとナイスボディーは維持できないものなのかと、おのれの出腹を見ながら思う。

 

やや話は逸れるが、先週念願のハワイ旅行に行ってきた。アメリカ人の料理はバターたっぷり、炭水化物祭りの超大盛りだが、若い女の子達は日本の3人前はありそうなそれらの料理をもりもりと食べていた。ビーチに行けばメイプル超合金も真っ青な巨体の女性がビキニ姿で楽しそうに写真を撮っている。
肥満は肥満でよくないが、彼女らの楽しそうな姿を見ていたら、本当に日本人女性は、食事や体型をあまりに気にしすぎなのではないかと思う。
ハワイで食べた食事の写真を載せつつ、ため息をつく。

 

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ロングすぎるヘアの弊害と、ヘアドネーション

先日、腰のあたりまであった髪を30cm以上カットしてきた。周囲からまるで別人のようになったと言われたが、頭が軽く、すっきりして、私自身も別人になった気分である。

ここまで髪を伸ばすと、まあ、ろくなことがない。まず髪を乾かすのに2、30分かかり、シャンプー代と電気代と時間がもったいない。次に、部屋が髪の毛だらけになる。カーペットに髪が絡まって掃除機でも吸えず、なんとも汚らしい。さらには髪がこんがらがって掃除機は壊れるし、お風呂も洗面台も詰まる。私はカラーリングを繰り返していた上、パーマもかけていたので、髪の傷みも気になる。枝毛と闘うため、定期的にトリートメント代はかかるし、とにかく大変なのだ。

はじめは結婚式に向けて伸ばしていたのだが、ヘアメイクの人に「髪が長すぎてかえって髪型の選択肢が狭まる」と言われ、もはや何のために伸ばしているのかも分からず、ただ貧乏性ゆえ、なんとなくもったいないから切らないでおこうと思っているうちに、この長さにまでなってしまった。

そんな時、たまたまネットでヘアドネーションというものがあることを知った。31cm以上の長さが必要だが、髪を寄付して、病気や事故などで髪を失った人のためのウイッグに活用してもらえるのだ。
これなら、髪を切ってももったいなくないし、私の髪も掃除機を破壊する以外の立派な役目を果たすことができる!さっそく近所のヘアドネーション協賛美容院を検索し、予約してみた。

さて、いざカット、という時になると、それでもやはりちょっぴり惜しくなって、頭の中を卒業ソングが駆け巡る。さーよーなら、さようーならー🎶
しかし、いざハサミを入れれば、あんなに伸ばすのに時間がかかった髪は、一瞬で肩までの長さになってしまった。

さようなら、手間暇かけて伸ばした私の髪!立派に人様のお役に立つんだよー(^-^)/

さて、また髪を伸ばそう!(←あれ?)

参考)ヘアドネーション
https://www.jhdac.org/index.html

 

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